インドへの旅(33) 僻地の旅を共にした個性的なメンバー

今回の同行メンバーは8人というこじんまりしたものでした。
2組のご夫婦と、1人参加者が私を含めて4人です。

旅行業界では「僻地の客は変わり者」といわれているそうですが、
まさにその通り、奇人・変人の集まりでした。

 
まずその第1は、W女史(国立大学院教授・50代)
初めに度肝を抜かれたのは、エレベーターで一緒になったとき。
後方に立っていても、グイと前の人を押しのけて先に降り、
飛行場でのチェックインで並んでいても、当然のごとく横入りして割り込むことです。

風体をあからさまに言うのは下品でしょうが、見るからに恐ろしいのです。
Yちゃんが「細木和子と橋田寿賀子と朝青龍を足して割ったようね」と
いみじくもいっていましたが、その細い左右大きさの違う眼で睨まれると
すくみ上がるほどの迫力がありました。

この人がノッシノッシと歩くとコワ~イ・ヤクザオーラが出て白人観光客も思わず除けたとか。
協調性、マナー、常識の一切を持ち合わせていない、まさに傍若無人!唯我独尊
流行り言葉「KY(空気読めない)」そのものの人でした。

しかも食事中に
「こんなまずいものは私の口には合わない、部屋に帰って持参の日本食を食べる」と
云い続けたので、側にいるだけで不快になりました。
旅行中は誰一人この人に近づかず、唯一添乗員のMさんだけが時々話しかけていました。

更に驚いたことは、この人が国立大学院の教授だったことです。
この旅行も研究の一環として参加していたようで、インド人ガイドへの質問も
専門的なことばかりで、観光ではなくて研究・視察旅行のような
雰囲気になってしまいました。

これを見かねたI教授が注意したことから激論となり、
以来双方が交わらないという重苦しい雰囲気になりました。
ただしI教授の勇気ある発言により、以来ガイドも彼女の質問に答えなくなり
私達は難しい学問の話から逃れられました。

W女史は、自分の専門の以外の内容には、まったく関心がなく
座っているときは、食べているか熟睡しているかのどちらか。
どこでもいつでも眠りこける特技の持ち主でした。
「一芸に秀でた人はまた欠陥も大きい」の格言を地で行くような人でした。
象牙の塔って、こんな無作法な人の集まりなのでしょうか。

もう一人の変り種はO老人(高貴な家柄・70代男性)でした。
生まれて初めての海外旅行にインドを選んだことでもわかるように、
浮世離れをした感覚の持ち主で、添乗員泣かせの最も手のかかる存在でした。

持参したスーツケースは2~3日用の小型なので、当然手荷物は大きくなり、
なぜか大型目覚まし時計などを入れて持ち運ぶので、空港のX線検査で
時限爆弾と疑われて引っかかり、他の人の検査も厳しくなるなど傍迷惑至極。

「大型スーツケースに買い替えたら」の助言も「家にあるから要らない」と受け入れず、
さらに大きいお土産まで買い込んだので、とうとうお土産品はM添乗員のスーツケースに
帰国まで預かるという前代未聞の出来事も。

時間は遅れる、部屋は覚えられない、鍵は間違える、日程は認識できない、
理解力が遅い、食事が遅い、行動が遅い等々。
このご老人の行動をここで短く語ることは出来ないほどの
驚きの出来事の連日でした。失礼ながら痴呆の気があったかも。

一方、話してみると、由緒ある名家の出身で、その先祖は天照大神まで遡り、
天皇家にも繋がるという高貴な家柄の出身とか。
現役時代は丸善で洋書の購入担当をし、
退職後は慶応大学大学院を卒業という輝かしい経歴の持ち主でした。

インドでは、観光客目当てたくさんの物乞いや、法外な値段で売るつける物売りが
群がってくるのですが、O老人はそれを断ることが出来ません。
どんなに添乗員やガイドが頼んでも断れないので、とうとうO老人の左右には、
添乗員とI教授が張り付くことになりました。

その他全員も、聞き分けのない幼児を連れているようにO老人を守り、
気にかけた道中でした。
救いはO老人の穏やかな温かいお人柄だったことです。
暑いインドでも連日ワイシャツとネクタイ姿、家庭訪問の際には
「正装しないと失礼だから」とビシッとしたスーツ姿で紳士然と現れました。

 
もう1人不思議な存在はYちゃん(40代・女性)でした。
高価なシニア向けの旅なのに、一見30代に見えてルックスもキュートな
Yちゃんが参加していること自体が不可解でした。

しかも旅慣れており、海外旅行の経験も豊富。
なぜYちゃんがここにいるのか、わかりませんが、
たぶん同年代の人といるのが辛いからではないでしょうか。

普段は明るいお喋りで、皆を和ませているのですが、
時々エキセントリックになり大声で怒鳴るのでビックリ!
いまの若者によくあるセンシティブなキャラクターに見えました。
なかには「どこか病んでるのでは?」という見方をする人もありました。
特に午前中は機嫌が悪く、腫れ物に触るように気を使いました。

YちゃんはW女史については、かなり批判的で、
M添乗員がW女史を気遣かって、時には手荷物まで持ってあげたことについても
「やり過ぎだよ!あの人の荷物を持つんなら私のも持って欲しい!
同じお金払っているのに不公平だよ!何であの人だけ特別なの?」と。
W女史、O老人2人だけ特別扱いの不平等を指摘。若者らしいストレートな不満を漏らしていました。
心中同じ気持ちはあっても、口にし辛いことを言えるのは、やはり若さゆえ。

Yちゃんは今回の旅を「何を見ても驚かない。感激がない!」と語っていました。
インドについては「今までに映像で見たり、人から聞いてきた話と同じ」で
知りすぎていたインドは新しい発見がなかったそうです。
人それぞれの感性とはいえ、これだけすざましい風景のインドを見て
驚かないというのはなぜなのでしょうか。
感受性が鈍くなっているのか、あるいはもっと心を占めている
大きなことがYちゃんにはあるからではという気がしました。

 
その他はI夫妻(国立大学名誉教授)。
いかにも学者夫妻らしい、静かでアカデミックな雰囲気をたたえているご夫妻。
ご主人は、いつも毅然として読書の傍ら、O老人の面倒を根気良くみていました。
最終日にこそ、身分を明らかにしましたが、博識ある学者さんにも関わらず、
少しも驕らずに同行者と気さくに会話を交わしていました。
インドを批判するのではなく、いまの現状をつぶさに眺め、旅を楽しもうという
意欲と姿勢が現れていて好感が持てる方でした。
M夫人は、いかにも深窓のお育ちを伺わせる見識高い、豊富な知識の持ち主。
上品な小さなお声で社会問題、政治問題、ボランティア体験をとつとつと語っていました。

Yちゃんには話題が難解だったようで
「話が難しすぎて、ちっともわからないー!人名も地名も聞いたことがない」と
嘆いていましたが。
社会問題に関心が深い夫人は、またインドを訪れたいと
今回のインド訪問の成果と希望を語っていました。
また私の下世話なジョークが珍しそうで、コロコロと良く笑っていただきました。

 
最後に、I・O夫妻(T自動車OB)。
たぶんこのツアーメンバー中、唯一普通の人でした。
誰とでも如才なく語り、話を合わせられる平均的なオトナの日本人シニアです。
皆が嫌がるW女史にも、時にはお世辞を言っても語りかけることが出来る人でした。
そのため添乗員にとっては、一番有難い存在だったようです。

ご夫婦共に乗り物内ではいつもぐっすりと眠り、降りるとパッチリと目覚めて
朗らかに活発に動きまわっていました。
実家は元家老の家柄だという名家のMT夫人は、達者な語学力から、
外国の観光客との会話を楽しんでいました。
インド訪問の目的も「日本の冬は寒いから、どこか暖かい国に行きたかった」という
普通の観光並みの基準で選んでいました。
そのため夫人は「この旅行はつまらない。感動がない!」と。
つまりインドは目的意識のない、観光目当ての人には、つまらいない国なのです。
また潔癖症の夫人は、トイレの汚さにも音を上げて、裾の汚れを回避するために
ズボンも短めに履き、汚れ除けのゴムを足首に蒔きつけ、常に汚れ対策に
心を痛めていました。綺麗好きな人には不向きなインドです。

インドを訪れる観光客の九割が嫌いになって帰国すると言われるインドですから
この夫妻の感覚が日本人のアベレージでしょう。

美しい景色も、感動する美術品も、清らかな雰囲気もない所なのですから。
私については「あなたは頭も、気も、口も良く回るわねぇー。暫く考えてからじゃないと
あなたの話は理解できない」と指摘されました。

やはり僻地は、変わり者が似合うのでしょう。
勿論私も変人の一翼を担っているのですが。

写真は同行メンバー。
上はカジュラホ。

下の左は中華レストラン、右はデリーでの昼食風景です。


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 最終更新: 2016/1/8

インドへの旅(33) 僻地の旅を共にした個性的なメンバー” へのコメント

  1. ツアーのメンバーって、大事ですよね。この記事、とても楽しく読ませていただきました。個性的過ぎるメンバーですね。このツアーを楽しめたのは、さつきさんならではですね。(笑)

    1. よく読んで下さってありがとう。目的地、季節、価格などである程度、ツアーメンバーは推測されます。イタリア、カナダ、ヨーロッパなど、日本人好みの景色が美しくロマンチックな観光地だと、それなりに平均的な感覚の観光客が多いようです。数年前にトルコに行ったときも、やはりユニークな方々が多く参加していました。今回のインドはそれ以上でした。1度も全員で盛り上がることなく旅が過ぎていきました。よく言えば付和雷同しない意識の確りした人々の集まりだったのでしょう。これも私にとっては初体験でした。

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