QM2の船上で出会った友人達

QM2の世界一周クルーズでは、乗客、クルー問わず多くの人々と仲良くなりました。
今日はその中の数人を紹介します。

ドイツ人もさまざま

初めに仲良くなったのは、ヘルガです。美しくスタイルの良い47歳の女性です。
彼女とは、パーティで隣席に座ったことから話をするようになりましたが、
いかにもドイツの雰囲気を持った人です。
控えめで、誠実、上品、謙虚な人柄でした。

私達は、お互いゆっくりしたペースでしか英語が話せないので、ちょうど良い話し相手でした。
待ち合わせの時間など大切な用件は、必ず手紙を書いて私のドアの下から差し入れていました。
お互い英語の自信が無いので、確実に通じる方法、かつお互いの時間を邪魔しないという配慮です。

ヘルガは、20代で離婚、がむしゃらに働いて2人の息子を育て上げました。
ところが一息ついたときに出会った男性に騙され、身も心もボロボロになってしまいました。

そこで傷心の彼女は、人生をリセットして再スタートを切るために長期休暇をとって
この船に乗りました。

ところがマイアミから船までのシャトルバスの中で運命の出会いがあったのです。
バスの隣席に男性がいました。そのときは言葉交わさずに分かれましたが、
その後船のデッキでまた会うことになりました。

彼女は毎朝8時から8キロのウォーキングを日課としていましたが、
彼もまた同じ時間に同じ距離をウォーキングする人でした。
偶然にも毎朝ウォーキングして言葉を交わし、次第に一緒に朝食をするようになって、
ついには映画のようなラブストーリーの展開となったのです。

幸いにも彼は独身でしたので、何の問題もなく2人は燃えていきました。
彼女は「男に絶望して船に乗ったの。決してボーイハントの目的ではなかったのよ誤解しないでね」
と何回も私に言っていました。
私もそう思います。彼女はそんな軽い人ではないのです。

彼は53歳のイギリス人。まだ現役のジャーナリストですが、
たまたま1ヶ月の休暇を取っての乗船で、ロスまでの間での、ショートクルーズでした。
(彼女は3ヶ月のフルクルーズ)

彼は仕事もありロスで下船しなければなりませんが、
その1ヵ月半後にドバイから再び乗船することを約束して下船しました。
この間、彼女も周囲も半信半疑。本当に彼が乗ってくるか心配でしたが
ドバイから、約束どおり彼は乗船し、めでたくラブストーリーはジ・エンドになりました。

彼が乗ってからの直後は、彼女は彼との時間に夢中でしたが、
しばらくしてお2人からお招きがありバーでお酒をご馳走になりました。
彼はいかにもジャーナリストらしく、知的で話題が豊富で楽しい時間を一緒に過ごしました。

2人はイギリスで下船後、彼女はドイツへの帰国をしばらく延期して、彼の家でしばらく滞在するとのこと。
仕事を持つ彼女は「今はイギリスに住むことは考えられない」ということですので、結婚はないかもしれません。
でも、一生懸命働いてきた彼女に神様の粋な贈り物。素晴らしいと思います。
こんな美しい恋物語に触れられたことも、船に乗った収穫の1つかもしれません。

上の写真が、バーでのヘルガと彼のカップル
私が目の前にいてもしっかりと指を絡ませていました。チョッと焼けました。

「ソウルメイト」の悲劇

船旅は「旅」と名は付くものの旅ではなく、日々の生活で、社会そのものであるともいえます。
その女性Hが私の目についたのは、アカプルコの遊覧船の中でした。

一見男かと見間違うほどに、骨太のがっしりとした体格、ショートパンツのボーイッシュな服装、
そのうえ取り付く島もないほどに無愛想で誰も寄せ付けないオーラが出ているコワモテでした。

そんなHと口を利くようになったのは、その後のフルクルーズ・専用ロビーでのこと。
本を小脇に片手でコーヒーカップを持ってやってきたのですが、
空いているテーブルがなくて戸惑っている様子でしたので、
私が近くのテーブルを引き寄せてあげてからです。
私としては、当然のことをしたまでですが、彼女は大感激!
「いままでこんなに親切にしてもらったことはない」とのことでした。
確かに彼女の風体を見ると近寄りたくない雰囲気の人でしたから当然ともいえますが。

それをきっかけにHは、身の上話を始めました。
Hは、ドイツのハンブルグから来ていました。
ルフトハンザ航空で定年まで勤め終え昨年定年を迎え、
今回、長年の夢だった世界一周旅行に参加したのです。

彼女はドイツ人といってもキャリアウーマンだけあって、英語が堪能で
ネイティブと、同じスピードで話します。
そして乗船して1ヶ月ほとんど人と話をしていなかったのでしょう
堰を切ったように早口で身の上話を喋り続けました。
私は、これも英語の勉強と思って忍耐して聴いていましたが疲労困憊!

私の疲れを察したHは、すぐウェイターを呼んでビールを注文して奢ってくれました。
初めての出会いなのに気前の良さに驚き!

そこで「ソウルメイト」の話を聴きました。「ソウルメイト」との何たるかを知らない私は意味を尋ねると
「友人ではないが、同じ部屋を共有して一緒に旅をする人」とのことです。
Hは世界一周を計画したものの、1人では心細いし、価格のこともあるので、
ハンブルグの新聞に「ソウルメイト求む」の広告を出したところ、
同世代同市内の人が見つかったので一緒に来たといいます。

ソウルメイトは、友人ではないので、船内で行動を共にすることはなく、それぞれ自由にしているそうです。
私は、そのとき約束がありましたので、1時間ほどで別れましたが、
Hは「今度は何時会える?ゆっくり飲みましょう!」と名残惜しそうでした。
その後、エレベーターですれ違ったりしたことはありましたが、話す機会はありませんでした。

そのころ妙な噂を耳にしました。
「女性客同士が大喧嘩して、一人が酔って暴れて
船のデッキから飛び降りようとしたのを2人のボーイが止め、
騒ぎは納まったが1人は船長命令で下船させられた」というものでした。

それから少ししてニュージーランドのツアーに参加すると、隣席にハンブルグ出身のドイツ女性のRが座り
人懐っこい人柄でしたので話が弾みました。
すると、その人から「同室の人がハワイで下船したので、一人で寂しいから遊びに来て泊まってもよいわよ」と
誘われましたので訪ねてみると、バルコニー付きの眺めの良い部屋でした。

そのとき、ふとHのことを思い出しました。確かHもハンブルグ。
もしやと思って手帳で確認するとそこはHと同じ部屋番号でした。
つまり下船させられたのは、あのH。HのソウルメイトはRだったのです。

2500人もいる中で、同室の2人と知り合うとは・・・。あまりの偶然に驚いてしまいました。
定年後の夢を、船長命令という
不名誉な理由で下船させられたHが哀れでなりません。

Rに問うと「船長命令で緘口令が出ているので誰にもいえないの。あの人はノイローゼだったのよ」と
答えましたが、こんなことになるのだったらば、もっと積極的にHの話を
聴いてあげれば良かったという悔いが残ります。

その後、Rから誘われてランチやコーヒーなどを一緒にしたことがありますが、必ず遅刻や、ドタキャンで、
私が持っていたドイツ人のイメージを覆す人でした。
あきれてその後の付き合いは止めましたが、Rのルーズさに生真面目なHが振り回されて
イライラしてノイローゼになった状況が手に取るようにわかりました。

上の写真は「この船で1番おいしい」とHがご馳走してくれたビール。

下の写真はハワイで三つ編みにしたRと、Hが飛び込もうとした夜のデッキです。

仲良しの男友達

船客の9割はカップルでの参加です。
カップルとは夫婦だけでなく男女が同室のことを意味しますが、姓が違う組み合わせがたくさんいました。
別姓の夫婦や、恋人・友人同士など、さまざまな組合わせでした。

残りの1割が単身での参加です。単身者のために「シングルミーティング」なるものが毎日開かれていました。
一度好奇心から覗いてみましたが、ほとんどが高齢の女性ばかりで占められていました。
このミーティングの目的は、異性ばかりでなく、同性の友人作りでもありますので、
日本的感覚から想像する怪しげな出会い系ではありませんでしたが、シャイな男性の姿は少ないものでした。
それでも洗濯室、パーティ、シアター、レストランなどで話しかけられるうちに、
気が合って友達になった男性は何人かいました。

特に洗濯室が出会いの場となりました。
なんせ2500人の乗客に対して洗濯機が15台ほどしかないのですから、
いつでも洗濯室は混み合っていて、長らく待たせられるので、退屈しのぎに話の花が咲きました。
(豪華客船といえども洗濯室はお粗末。本当のお金持ちは総てクリーニングに出すのでしょうが)

仲良くなった男友達の一部を紹介します。
中には「日本に戻らないで、このまま一緒に僕の家に」というオファーもありました。旅の一興です。

上は、アメリカ人のトニーとジョン。まちがいなくゲイ
いつも一緒の恋人同士で、2人は見詰め合っていました。でも私に会うと大喜びで
ハグしてチュッチュするので、頬がぐちゃぐちゃに濡れてあまり気持ちの良いものではありませんでした。
でも2人ともいつも優しくて、美しいものが好きな人でした。

下はオーストラリア人のジャーナリストのイッサック。
船から招待されて取材で乗っていました。日本には英語教師として数年滞在したり、
4年前の名古屋博にも参加したという日本通。スタイルが良いハンサムな青年でした。

下は、イギリス人のジョン。イグアスツアーで一緒でした。
幾つもの会社を経営しているお金持ちで、部屋もグリルでした。

イギリス人とは思えぬほどに陽気で、話題も豊富なので、女性にもモテモテ。
昼も夜も常に数人の美女に囲まれていました。彼もハグ派なので会うたびにしっかり抱きしめられてキス。

次もイギリス人のジョー
窓辺で夕日を眺めながらでコーヒーを飲んでいると、彼も隣席で同様にジッと見ていました。
陽が沈むと「毎夕ここで夕日を見ているんだ。この静かな時間が1番好き。どこの港まで行くの?」と
声を掛けられたのがキッカケでした。
いかにも英国人らしい静かな雰囲気の人でした。

数年前に日本の女子大生をホームステイさせていた経験があって
日本人のことを知っていて話が弾みました。

下はアメリカ人のロイ
毎朝5時起床してトレーニングに励み、朝食後は教会に通うというストイックな生活でした。
巨大に太り続ける多くのアメリカ人に対し
「只だと思って毎日食べ過ぎている。そのうえ毎食ケーキまで食べて卑しい!」と厳しく批判。

彼は、引退前は美容師として活躍していたので、美に対する要求が厳しい。
毎朝モーニングコーヒーを一緒に飲んでいました。

次はアメリカ人のデック。洗濯室で話しかけられ友達になりました。
生活の行動パターンが似ているようで、毎日何回も廊下や階段、図書室、インターネットルーム、洗濯室、
食堂で出会いました。更にはツアーまで一緒のことがありました。
その度にいつも静かに微笑み、その日あった出来事を報告しあったりしてお喋りを楽しみました。
こんな気の合った彼ですが、2人だけで食事をする機会はありませんでした。
彼もまた男性と2人連の同室、たぶん・・・・だったのでしょう。
下船の際に「良い友達だった!有難う、楽しかった!」と去っていきました。知的なブルーグレーの瞳が心に残ります。

下は、イギリス人のジョン。イグアスツアーで一緒になり仲良くなりました。
明るくてジョークも楽しい魅力的なで人で、旅行中何くれとなく面倒を見てくれました。

続いて、アメリカ人のアルバート
マイアミの乗船の時に知り合いました。
お互いにブラジル・ビザの手続きミスがあり、チェックインがでスムーズに出l来ずに不安な時間を過ごしました。
私は船外で6時間も待たされて後のチェックイン。
ロス在住の彼は、いったんフロリダの友人宅に泊まり、ブラジルビザを取得してから、
次の寄港地グラナダまで飛行機で飛んでの乗船でした。
再会した時は、お互いに抱き合って喜んでしまいました。
共通なショック体験をした彼とは、親近感が湧き、その後も仲良くしました。

下は、多くの友人と出合った洗濯室です。
洗濯の順番を巡って激しいやり取りや、不愉快な体験もたくさんあった部屋でした。

中には、けんかして怪我を負わせ、船長命令で下船させられた人もいたほどですから。
洗濯には2時間もかかるので、ここでは多くの人間模様を見て、貴重な体験をしました。


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 最終更新: 2018/5/25