3丁目の夕日の街風景を歩く(1) 明石町に昭和を訪ねて

今日は野外講座「3丁目の夕日の街風景を歩く」の体験講座に参加して
中央区明石町(あかしちょう)と築地周辺を散策しました。

明石町は、外国人居留地として作られ
幕末開国の歴史的な足跡を残している町です。

長崎と横浜が距離的に遠いことから、新しく築地に居留地が設けられたのです。
そのためにこの辺りには、外国人のための教会や病院(現・聖路加病院)などが建てられ
文明開化の中心で西洋文化との深いつながりのあるところです。
慶応大学や立教大学の発祥の地にもなっています。

また当時の人々の散歩コースとしても発展していて、
現在と変わらぬほどの人通りで賑わっていたといわれています。

この辺りは池波正太郎の「鬼平犯科帳」で地名がよく知られているところですが、
そればかりでなく幕末から明治に掛けての歴史的な町でもありました。

築地カトリック教会

関東大震災によって崩壊後、昭和2年再建されたのが、この2代目の教会です。
外観はギリシャ神殿を思わせるデザイン(一番上の写真)が秀逸で、
東京都選定歴史的建造物および中央区民文化財に指定されている建物です。
内部は飾りが少なくシンプルで、ギリシャ風の柱と、オルガンに風情があります。

明石小学校

大正大震災の後、東京は大規模は都市計画を作り、教育が最も大切と考えて学校建設に力を入れました。
この明石小学校も、その際の117校のうちの1校として建設されたものです。

ここの玄関は中世の城郭を思わせるような門とアーチ型の玄関がある美しいものでしたが、
中央区は建て替えを決定し、区民が反対運動を繰り広げるなか、
区は話し合いを拒否して解体作業を開始してしまいました。

現在は117校のなかで残っているのが19校で、うち7校が中央区にあるそうですが、
重文に匹敵するといわれる歴史的な建物がなくなってしまうのはなんとも残念です。
 
写真は解体中の明石小学校と、後ろに建っているビルが、やはり壊されて新しく建てられた明石中学校です。


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 最終更新: 2015/10/29