アメリカ旅(31) ブルックリン橋を渡って





今日で、今回の旅も終わりとなります。
今夜遅く、正確に言えば明朝の0時過ぎの真夜中の飛行機でNYを離れます。

ホテルのチェックアウトは、午前11時ですから、それまでに荷物をまとめてスーツケースを
夕方まで預かってもらわなければなりません。
10時過ぎにパックを終えて、無事チェッククアウト。

大仕事を終えて安堵のため息が出ました。
さてこれから、今回見残したところへ廻ります。

次回のNY訪問が何時になるかわからないので
いざとなると欲が出て迷います。

司馬遼太郎が訪ねたタウンゼント・ハリスの墓や、ユダヤ人街、
ガイドブックに出ていた「ブラウンストーソ」と呼ばれる美しいレンガ街、
そしてヤンキースタジアム、植物園、動物園など行きたい所はたくさんありますが
一人で歩き回るのは少し危険な匂いがするので諦めました。

そこで、今回は安全なブルックリン橋を歩いて渡ることにしました。

ブルックリン橋は、司馬遼太郎の「街道を行く・ニューヨーク散歩」
読んで興味を惹かれた所です。

ブルックリンは、NYのマンハッタンから、イースト川を隔てた所にある居住区で
19世紀末にNYから独立した区です。
第2次世界大戦後は、ロシアやヒスパニック系の移民が多く移り住み
「貧しい」イメージがあり、今でも場所によっては治安が悪く
「旅行者には薦められない」と記されているガイドブックもあります。
そのため今までは足を踏み入れたことがなかったのですが、
今回はトライすることにしました。

NY在住の友人に、この件を話すと
「長く住んでいるけど、歩いて渡ろうなんて考えてみたこともない」と
目を丸くくして驚かれました。
「司馬遼太郎が渡った橋を私も渡ってみたいのよ」と説得しましたが、
たぶん生活者でなく、観光客だからこその発想なのでしょう。

そんなわけで、地下鉄を乗りかえて「ブルックリン・シティホール駅」で下車。
ガイドブック通りに、公園を抜けて、橋の渡り口を探しましたが見つかりません。
ウロウロ探すうちに運良くポリスと出会ったので、入口を教えてもらいましたが、
ポリスも「エッー!歩いて渡るの?」とチョッと驚いていましたので
私の風体から歩きは想定外だったったようです。

教えてもらった、わかり難い細い階段を上ると、
そこには明るく開けた橋がありました。
明るいブルースカイの空に、大吊り橋の姿は想像以上に美しく
感動的ですらありました。

対岸には、マンハッタンの摩天楼が見えます。
あ~NY! これぞNY!」の気分です。
定番のアングルですが「やっぱりNYは良いな~!!」と思いました。

歩き始めると、NY側から歩いている来る人が多いようです。
さんさんと降り注ぐ太陽を楽しむように、みんな幸せな顔で歩いていました。
中には走っている人、バギーを押す人、自転車に乗る人と様々です。
おのぼりさんが主体のようですが、地元のウォーカーの姿もありました。

普通に歩いて30分の距離ですが、途中で記念撮影をしたり、
ブルックリン橋の歴史の説明版を読んだりとゆっくり散策している人をたくさん見かけました。
私も45分掛けて司馬遼太郎気分です。

この橋は、ドイツ生まれのアメリカ人ジョン・ローブリングがワイヤーの研究をして
設計したのですが、建設途中で他界。その息子ワシントンが引き継いだものの、
途中で病に倒れながらも、望遠鏡で橋の工事状況を眺めながら、
夫人に指示して6年、完成までに14年掛りました。
デザインから数えると16年の長い歳月を掛けて
1825年に完成した大吊り橋なのです。

この橋に使われたワイヤーは1825本。間近に見ると太いワイヤーと、
美しいデザインに圧倒されました。
司馬遼太郎は、彼の偉業を称えながらも、橋の美しさについては
「ただの鉄の交差」と厳しく語ってましたが。
私には、この大吊り橋を親子2代に渡ってさせたワシントンの夢と心意気も伝わり、
感激的な風景に見えました。
 
上の写真は上から3枚は、ブルックリン側からの風景、次は、建設の説明、橋の真ん中を下から見上げたところ、そしてブルックリン橋に下を走る自動車専用道路、近くで見る摩天楼と下2枚はNY側から見た風景。

下の写真はブルックリン橋の歩行者用登階段口と、
地下鉄を出たところの平和そうに見える公園です。



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 最終更新: 2015/11/4