江戸散策 銀座界隈(1) 普段見落としていた江戸の風情を見つける

今日の江戸歩きは「銀座」界隈です。

銀座は、華やかな繁華街の代名詞ともいえるほど知名度ナンバーワンの町で、
全国の商店街の地名の下に付けられています。

しかし、江戸初期には広い湿地帯でした。
それを幕府が神田山を切り崩した土で、埋めて整備造成しました。

銀座は、名前の通りに銀貨を鋳造する場所で、初めは伏見と駿府に作られましたが、
その後、伏見は京都に、駿府は江戸に移されました。
江戸の銀座には、当初2箇所の両替所が設けられ、
正式町名は「新両替町」でしたが、庶民は銀座と呼んでいたようです。

当時は、職人が多く住む町で、弓矢師、刀鍛治師、番師、鉄砲鍛治師、研師などが
住んでいました。その名残は、旧町名の「弓矢町」「鎧屋町」などに残されています。

この町名が正式に「銀座」と変わったのは、維新後です。その3年後に銀座の大火があり、
6丁目以北が焼く尽くされた後に、政府の欧化政策により「煉瓦造りの洋館とガス燈の町
へと生まれ変わりました。

モダンな2、3階建ての洋館が並ぶ、幅27メートルもの大通りを、
鉄道馬車が走る様子は、当時の人をさぞ驚かせたことでしょう。

シャンゼリゼ通りをイメージしてイギリス人建築家ウォートルスが設計。
以来銀座は、モボ・モガの町、カフェーと銀ブラの町、進駐軍の闊歩する町、社用族の町、
歩行者天国の町、と変遷を辿り、今は高価な欧州ブランドショップの町へと様変わりしています。

しかし時代を経ても、どこか小粋で、お洒落。
常に時代のステータスと憧れの町であったように思えます。
今日は、そんな銀座の歴史を振り返りながら、ブラブラと散策しました。

いつもは何気なく通り過ぎて、見落としていた、江戸の風情を見つけることが出来ました。

上の写真は、2丁目にある「銀座発祥の碑」。銀貨鋳造の役所が置かれた場所です。

下の写真の左は、「京伝の煙草屋跡地」。戯作者山東京伝は、13歳でこの地に移り、黄表紙、
洒落本などの作家活動に入る。晩年ここでタバコ屋を商っていました。
現在のコージーコーナーのあたりです。

右は、京橋にある「煉瓦銀座の碑」の裏にある実物のガス燈です。
煉瓦街は関東大震災で壊滅しました。

★ 江戸探し 右はシャネルか ブルガリか (幸)
★ ショーウインド 覗く 昔のモボとモガ (久)


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 最終更新: 2017/10/27