江戸散策 新宿界隈(1) 追分だんご

sinnjyuku-okinawanosyoku-001

今日の江戸散策は、新宿界隈です。

現在の新宿は、大正九年までは「内藤新宿」といわれていました。
かつての甲州街道の第一の宿場は、高井戸でしたが、日本橋から4里と距離が遠いために、元禄11年に新しく開かれたのが「内藤新宿」です。

甲州街道を参勤交代に使う大名は、内藤(高遠)、諏訪(高島)、堀(飯田)の信州3家しかなく、むしろ身延山(みのぶさん)参拝や、富士山詣での道中として知られていました。
また、近隣の農家から野菜を運ぶ荷駄が多く、広重の絵にも馬が描かれています。

内藤新宿は、他の宿場とは違い田舎臭く、野卑な面が強調されていますが、荷駄や信者が多く人間臭さも濃厚です。
そのため、岡場所や飯盛り女も大勢いて、近隣には、心中者や無縁仏の墓もあります。

怖い歓楽街のイメージが強い現在の新宿ですが、意外にも歴史あるお寺が多く静かな道もありました。

まず「追分団子」を買ってからスタートです。
追分団子は太田道灌が月見に食べて好物になり、以来所望したとかで、東京名物になっています。
次に「時の瞳」や「やぐら時計」のある天竜寺、資料の揃った東京みちの情報館に寄り、新宿御苑横の道を通り太宗寺、針供養の正受院、投げ込み寺の成覚寺、円朝旧居を回り、江戸の検問所であった四谷大木戸門へ行き、散策は終わりとなりました。

上の写真は、追分団子屋の近くの道路に埋め込まれている「ここが追分」というプレート。
下は新宿名物追分団子屋の店頭。

sinnjyuku-okinawanosyoku-003

☆ 追分の 街で見かけた 内藤姓(蒲)
☆ 少しだけ 土地を分けてよ 内藤さん(大)
☆ 新宿は どこのお寺も 一等地(大)
☆ 追分は 団子を食べて 街歩き(小)
☆ 只だから 御苑の端を 歩かせる(佐)


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 最終更新: 2016/10/21