青の洞門

次は、耶馬溪八景の一つ「青の洞門」です。
ここは山国川のほとり、競秀峰の奇岩盤に繰り抜かれたトンネルです。
昔は断崖絶壁で鎖が渡されているのみで、ここから転落した犠牲者が
多く出る難所でした。
そこへ遍歴の途中に立ち寄った禅海和尚が設計して1763年
初めて人道ができました。今でもその1部が残っています。
この経過については、菊池寛の「恩讐のかなた」で題材にされて
よく知られているところですが、
人を殺めてしまった禅海が、償いのためにノミと槌だけで30年かけて
完成させたというトンネルです。
「青の洞門」という趣のある名前も、この小説によって名づけられました。
今は車が通るトンネルですが、禅海和尚は、ノミと槌だけの素彫りで長さ223メートル、
幅5.7メートルを彫り上げました。今でもその1部が残っています。
文化財指定・県指定。


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 最終更新: 2015/8/13