友が再びピースボートへ


今日は終日、京都の友人M子さんのお宅で過ごしました。
M子さんは、4年前のピースボートで世界一周をしたとき以来の友人。
M子さんは一見、はんなりした京言葉を使う静かな女性ですが、
高校時代から平和運動に携わる筋金入りの猛者
ひとたび平和運動に係わる場に出ると強く激しく主張を展開し別人のような行動力を見せます。
ピースボートでも、平和運動のグループを立ち上げて連日果敢な活動をしていました。
私とは乗船4日目にしてオプショナルツアーで知り合い、以後助け合って船旅を続けました。
問題意識の低い私に対しては、思想的な話はせず、グループへの勧誘も一切ありません。
普通の友人として接し、仲良くしてきたのは、どこかで互いを認め合って
共有する感性があったのかもしれません。
お正月に、電話がありピースボートに再び乗りたいとの相談がありました。
ピースボートは、オンボロ船を使用しているため、基本的な安全性の問題をはじめ、衛生管理、
サービス不足など、多々問題点を含んでいるので、基本的には賛成できない旨を伝えました。
そのためM子さんに迷いが出ていました。でもM子さんは、普通の客船では満たされないのです。
あくまでも世界平和のために行動を起こしたいと、熱く語るM子さんを見ていると、
私はNOといえなくなりました。
「ピースボートが持つ総てのマイナス面を承知して、それでも乗りたいのならば行けば」と
私がコメントするとM子さんは、嬉しそうにうなずきました。
お互い先が長くない世代に入っている私達は、それぞれがしたいことをして悔いがないように
毎日を生きることが肝要ではないかと最近富に考えるからです。
M子さんの、心配は食べ物です。前回乗ったときに食事がまったく合わずに帰国して検査すると
栄養失調になっていたとのことです。
M子さんは独身で、お酒も飲まず、友人とも密な付き合いを持たないで暮らしてきました。
また前回までは1度も旅を経験することもなく生活して来たので、母親が作るものと、
1部の京都の食べ物しか食べた経験がなく、外食の機会もあまりなかったようです。
そのため「自分は好き嫌いのない人間だ」とずっと思い込んでいたそうですが、
ピースボートに乗って初め「自分のて食べられるものが少ない」ことに気がついたというので
大笑いしました
前回はピースボート内での食事は無論のこと寄港した外国料理も
ほとんど食べられなかったといいます。
そこで今度はカップヌードルを60個持参する計画です。
「60個は、あまりに多すぎるからせめて30個ぐらいにしたら」と、アドヴァイスしましたが
それがないと1日1食(朝食は白米賀出る)しか食べられないというので、まさに死活問題です。
M子さんはいわゆるグルメではなく、肉も、魚も、中華も、洋食も京都のものは、
なんでもおいしく食べられるというのです。
これは、船内のシニア男性に多く見られた現象で、変わった香辛料、
いわゆるエスニックな味に対しての拒絶反応でしょう。
疲労が重なると一層受け付けなくなり、体力が消耗して
帰国してから体調を崩した人が多くいました。
昨日は節分でしたが、京都ではほとんどの人がお寺詣でをして豆まき行事の参加し、
帰宅後は家庭でも豆を撒き、災難を除ける恵方巻きを食べるそうです。
1人暮らしのM子さんも、一人で家中に豆を撒いて歳の数の豆と、恵方巻きを食べたというので、
ただただ感心してしまいました。
私の分の厄除けの恵方巻き(海苔巻き)も用意してありました。
抹茶と和菓子も添えられ、京都らしい昔ながらのしきたりを大切にしている生活です。
玄関には、厄除けの粽も飾ってあり、祇園祭には氏神様に毎年参拝して焚き上げをしてもらって
いるとのことでした。
3LDのお宅には、革命、思想、政治などの難しそうなセピア色の本
ビッシリと積み上げられている活動家のM子さんですが、
こんな日本的な行事を大切にする面もあるのです。
人間って面白い」、そんなことを改めて感じた訪問で、
清々しく過ごせた1日でした。



深夜ホテルに戻ると朝青龍引退の号外が待っていてビックリしました。
日本人に敬意を払わない不遜な彼は嫌いでしたが、いざ土俵を去るというと一抹の寂しさが。
ホテルのラウンジでおいしいコーヒーを頂きながらいろいろ考えた夜でした。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 最終更新: 2015/8/13